東京地方裁判所 昭和56年(ワ)11867号 判決 1988年7月19日
原告 高橋幸夫
右訴訟代理人弁護士 池谷昇
被告 企業組合 東京混声合唱団
右代表者代表理事 中山卯郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 村田豊治
主文
一 被告企業組合東京混声合唱団が別紙物件目録1記載の土地を別紙物件目録2記載の建物の賃貸借契約に付随して占有使用する権限のないことを確認する。
二 被告企業組合東京混声合唱団は原告に対し、別紙「差額賃料及び不足賃料等」記載の金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決の二項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主たる請求)
1 被告企業組合東京混声合唱団(以下、「被告組合」という)が別紙物件目録1記載の土地(以下、「本件土地」という)を別紙物件目録2記載の建物(以下、「本件建物」という)の賃貸借契約に付随して占有使用する権限のないことを確認する。
2 被告組合及び被告株式会社東京コンサーツ(以下、「被告会社」という)は、原告に対し本件建物を明け渡せ。
3 被告組合は原告に対し、金二五一万五六一二円及びこれに対する昭和五六年一〇月二三日から支払済みに至るまで年五分の金員を支払え。
4 被告組合及び被告会社は、共同して原告に対し、昭和五六年一一月一日から本件建物明け渡し済みに至るまで一か月金四三万四七五〇円の割合による金員を支払え。
5 被告組合は、原告に対し、金三六六万二七五〇円及び各月内金元金一七万二二五〇円に対する昭和五四年四月以降同年七月までの毎月二日以降完済に至るまで年一割の金員を、各月内金元金一九万八二五〇円に対する昭和五四年八月以降昭和五五年一〇月までの毎月二日から完済に至るまで年一割の金員をそれぞれ支払え。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
7 請求の趣旨2ないし5項についての仮執行の宣言
(予備的請求)
1 被告は、原告に対し、金一五一万九〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一月二日以降完済に至るまで年一割の金員、金三八四万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月二日以降完済に至るまで年一割の金員、金三四〇万九〇〇〇円及びこれに対する年一割の金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(本件建物の明け渡し等)
1 原告は、昭和五四年一月一〇日本件土地及び本件建物を前所有者訴外会社富士文化株式会社(以下、「訴外会社」という)より買い受けた。被告組合は、昭和五一年四月一日訴外会社より本件建物を、期間昭和五四年一二月三一日まで、使用目的事務所及び合唱練習場、賃料月額金二六万二五〇〇円を当月一日までに銀行送金、無断転貸及び賃借権無断譲渡の禁止などの約定にて賃借して使用している。従って、原告は、本件建物の所有権取得により被告組合に対する賃貸借契約上の貸主たる地位を承継した。
原告は、昭和五五年四月一日被告組合に対し本件建物賃貸借契約の解約の申し入れをなし、同年一〇月三一日限り本件建物を明け渡すことを求めた。
2 原告の右解約申し入れには、次のとおりの正当な事由がある。
(一) 原告は、昭和四二年頃から「東京C・P・A専門学院」という経理簿記学校を経営してきたものであるが、昭和四四年一一月二〇日頃本件建物の二階二四一平方メートルを訴外会社から賃借してこれを「須賀町校舎」の三教室として使用してきた。
(二) 原告は、荒廃した大学教育に代わる真の高等専門教育を推進するため、右学校を高等学校卒業生等に対し専門教育を行う専門課程をおく専修学校である学校教育法所定の専門学校にすることを企画した。専門学校は、大学に準ずるものとして、生徒数、教育課程の種類に応ずる校舎、校地その他の教育施設を有することなど、厳しい設置基準を要求されている。そこで、原告は、右設置基準を充足するために、住友銀行信濃町支店より金二億一五〇〇万円の借金をして、本件建物等を取得して、三階二四一平方メートルをも使用できるようにし、本件建物のみによって一年制、二年制の経理専門課程(経理本科)の専修学校としての設置基準を充足する物的設備を可能な状態とした。そして、原告は、本件建物取得後一年経過した昭和五五年三月東京都知事より、自らを設置者として専修学校の認可を受け、右学校を「東京C・P・A専門学校」(以下「本件学校」という)と改称した。
(三) 本件学校の認可後二年の実績を検討したところ、生徒の能力に予想外のばらつきがあり、経理本科開設当時に予定していたカリキュラムでは十分な教育ができないこと、生徒の能力に応じたきめ細かい教育をするためには教育課程を細分化することが必要でありそのために教室数を増加させることが必要であることが判明した。そこで、本件学校では、本件建物内にあった図書室等を縮小ないし廃止して、教室数の増加を図ってきたが、現状ではあと二教室がどうしても必要である。また、最近ではコンピューター教育の必要性が新たに発生し、そのための教室と設備の場所が必要となった。
(四) 原告は、訴外石原建設株式会社から東京都新宿区信濃町二五番地二外所在の同会社本社ビルの二階の一部分四五七・一三平方メートルを賃借し、信濃町校舎(三教室)として使用中であるが、同ビルは本来事務所用であって校舎用でないためトイレ、公衆電話、廊下の狭さ、夜間の戸締り、物の放擲などビル使用上の問題が多発していることや同会社の業務コンピューター化及び業務拡大による本社ビルの拡張のため、数年前から、同会社より退去明け渡しすることを求められ、新宿簡易裁判所における明け渡し申立調停を経て、昭和六二年一〇月二〇日東京地方裁判所に貸室明渡等請求訴訟を提起されている。
もし、右会社の請求が認容されることになれば、信濃町校舎に代わる校舎を付近に手当しなければならないことになるが、須賀町校舎とともに良全な学校管理をすることが可能となるような代替建物を付近に確保することは絶望的な状況である。従って、原告が本件建物の四階を使用する必要性は逼迫している。
(五) 本件学校の教室を二か所に分散させておくと、教員、生徒、所員、設備も分散させざるをえず、生徒、教育等学校の管理に原告の目が行き届かず、原告の教育活動に悪影響をもたらしているので、本件建物に教室等を統合する必要がある。
(六) 原告は、学校関係者等全体の利便と学校自体の永続性を確立するために、本件建物を基本財産とする学校法人の設立を計画しているが、被告らが本件建物の四階部分を使用しているため、それが障害となって法人化ができない状況にある。
(七) 被告組合は、有名人による講演会や定期演奏会などの興行や著作権使用料収入によって営利を追及し多大な収益を揚げているものであり、事業の遂行上を本件建物の使用を不可欠とするものでなく、本件建物の賃料の低廉さに固執しているのみである。
(八) 仮に、以上の事由のみでは本件賃貸借契約の解約の正当理由として不十分であるとするならば、原告は、被告組合に対し、立ち退き料として本件建物四階部分の借家権価格である金三九七四万円の一・三倍以内の範囲で裁判所が相当と認める金額を提供する用意がある。
3 仮に、本件賃貸借契約の解約が認められないとしても、同契約は、次のとおり、被告組合の賃料の一部不払いにより解除された。
(一) 被告組合は、本件土地を駐車場として使用できなかったため賃借せざるを得なかった駐車場費用一か月当たり金二万六〇〇〇円の損害を被ったとし同損害賠償請求権と本件建物の賃料債務と対当額において相殺するとの理由で、昭和五四年八月一日以降自ら相当の賃料として主張していた旧来よりの賃料月額金二六万二五〇〇円より右金二万六〇〇〇円を控除した賃料しか支払わなかった。
(二) そこで、原告は、昭和五五年四月一日到達の書面にて被告組合に対し、昭和五四年八月一日以降昭和五五年四月三〇日までの賃料の内不足分合計二三万四〇〇〇円を同月一一日までに支払うよう催告し、昭和五六年一〇月二二日送達された本件訴状にて被告組合に対し、右催告にかかる賃料の不履行を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をした。
(三) また、原告は、本件訴状にて被告組合に対し、昭和五四年八月一日から昭和五六年一〇月一日までの前同様の賃料不足分合計七〇万二〇〇〇円を訴状送達後二〇日以内に支払うよう催告し、右期間内に支払いがないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
4(一) なお、原告は、昭和五四年三月二六日到達の書面により被告組合に対し、同年四月一日以降からの賃料を一か月金五二万五〇〇〇円に増額する旨の請求をした。
(二) 本件建物の敷地の公租公課の上昇及び近隣の建物の限定賃料の相場との均衡等を考慮すると、本件建物の昭和五四年四月当時の適正な限定支払賃料は一か月金四三万四七五〇円であった。それ故、右賃料増額請求により本件建物賃貸借契約の賃料は、同年四月一日より右金額に改定されたことになった。従って、前記解約あるいは解除による本件建物賃貸借契約終了後の建物使用による賃料相当損害金も一か月金四三万四七五〇円である。
5 よって、原告は、被告組合に対し、本件建物に関し次のとおり請求する。
(1) 本件建物の退去明け渡し
(2) 昭和五四年四月一日から昭和五四年七月三一日までの賃料差額計六八万九〇〇〇円(月額一七万二二五〇円の四か月分)、昭和五四年八月一日から昭和五五年一〇月三一日までの賃料差額及び被告組合の駐車場料金損害控除による不足分計二九七万三七五〇円(月額一九万八二五〇円の一五か月分)との合計三六六万二七五〇円、並びに右の各月の賃料差額分及び賃料不足額につき各該当月の二日から各支払い済みに至るまで年一割の金員
(3) 昭和五五年一一月一日から昭和五六年一〇月三一日の本件建物の賃料相当損害金と被告組合の賃料支払額との差額計二三七万九〇〇〇円(月額一九万八二五〇円の一二か月分)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一〇月二三日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(4) 昭和五六年一一月一日から本件建物明け渡し済みに至るまで一か月金四三万四七五〇円の割合による賃料相当損害金
(本件土地の占有権原不存在確認等)
6(一) 被告組合は、本件建物の賃借権に付随して本件土地を駐車場として利用する権限があると主張して、昭和五四年二月一五日から同年七月二八日まで同地上に自動車一台を駐車したりしてこれを占有していた。
(二) 本件土地の駐車場としての使用損害金は月額金二万五〇〇〇円を下らなかった。
(三) よって、原告は、被告組合に対し、本件土地の占有使用する権限のないことの確認、並びに右占有期間(一六四日)中の使用料相当損害金として金一三万六六一二円(一日金八三三円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一〇月二三日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告会社に対する請求)
7(一) 被告会社は、被告組合とともに本件建物を占有使用している。
(二) 右占有は原告に対抗し得る権原に基づかないものであるから、原告は、被告会社に対し、本件建物の退去明け渡し並びに被告組合と共同して前記5項(4)の賃料相当損害金を支払うことを求める。
(予備的な増額賃料請求)
8 仮に、本件賃貸借契約の解約あるいは解除が認められないとしても、原告は、次のとおり賃料増額の請求をしているものであるから、被告組合に対し、差額賃料と借地法所定の利息の支払いを求める。
(一) 原告は、被告組合に対し、昭和五四年三月二六日前記4(一)のとおり一か月当たり金五二万五〇〇〇円とする旨の賃料増額請求をなし、本訴提起によって賃料相当損害金として一か月当たり金四三万四七五〇円の支払いを求めている。このような場合には、原告の右賃料増額請求は、その効力が不断に継続されているものというべきであるから、時間の経過とともに、少なくとも毎月支払い日に想定される適正賃料額が右請求に係る増額後の賃料額である金四三万四七五〇円に達するまで賃料増額を認められるべきであり、昭和五六年一一月一日以降、昭和五八年一月一日以降及び昭和六〇年一月一日以降それぞれ適正額に賃料増額がなされたものというべきである。
(二) 原告は、昭和六一年二月一三日付準備書面(同日被告訴訟代理人に交付)でもって被告組合に対し、昭和六一年三月一日以降の本件建物の賃料を月額金四八万円にする旨の増額請求をした。
(三) 本件建物の賃料等は、昭和五一年四月一日以来月額金二六万二五〇〇円(その外に防火管理責任者としての手当相当額月額金二万五〇〇〇円)であったが、その後の土地価格の高騰等により、本件建物の適正賃料額は、少なくとも次のとおりとなっていた。
昭和五六年一一月一日以降、月額金三四万五〇〇〇円
昭和五八年一月一日以降、月額金三九万六七五〇円
昭和六〇年一月一日以降、月額金四三万四七五〇円
昭和六一年三月一日以降、月額金四八万円
(四) 従って、昭和五六年一一月一日以降、右適正賃料額と被告組合の支払ってきた毎月の賃料額金二三万六五〇〇円との差額は、次のとおりとなっている。
イ 昭和五六年一一月一日から昭和五七年一二月三一日までの差額分合計 一五一万九〇〇〇円
ロ 昭和五八年一月一日から昭和五九年一二月三一日までの差額分合計 三八四万六〇〇〇円
ハ 昭和六〇年一月一日から昭和六一年二月二八日までの差額分合計 三四〇万九〇〇〇円
(五) よって、原告は、被告組合に対し、右イ、ロ、ハの各差額分合計額及びそれらに対する各期間最終日の翌々日から各支払い済みに至るまで借地法所定の年一割の利息の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 請求原因2項(一)の事実は認める。
同(二)の事実は知らない。ただし、原告の経営する学校が本件学校のとおり改称したことは認める。
同(三)の事実は知らない。
同(四)の事実のうち、原告が訴外石原建設株式会社から原告主張にかかる建物を賃借し信濃町校舎として使用していること、原告が右会社より右建物の明け渡しを求められ原告主張のような調停申立、訴訟提起を受けていることは認めるが、その余の事実は知らない。
同(五)の事実は否認する。
同(六)の事実は知らない。
同(七)の事実のうち、被告組合が講演会や定期演奏会などの興業を行っていることは認めるが、その余の事実は否認する。
同(八)の立退料をもってしても本件建物明け渡しによって被る被告らの不利益を補い得ない。
3 請求原因3項の事実は認める。解除の効力は争う。
4 請求原因4項(一)の事実は認める。
同(二)の適正賃料額は争う。
5 請求原因6項(一)の事実は認める。
同(二)の事実は否認する。
6 請求原因7項(一)の事実は認める。
7 請求原因8項(一)の事実のうち、請求原因4項(一)のとおり賃料増額請求があったことは認めるが、その余の主張は争う。
同(二)の事実は認める。
同(三)の事実のうち、本件建物の賃料が昭和五一年四月一日以来月額金二六万二五〇〇円であったことは認めるが、増額請求後の適正賃料額は争う。
三 抗弁
(本件賃貸借契約の解約の正当理由について)
1 被告組合は、昭和三六年頃より訴外会社から本件建物の場所にあった木造建物の一部分を賃借していたものであるところ、訴外会社が本件建物に改築する際これに協力する代わりにその四階全部を引き続き賃借することにし、訴外会社側と協議のうえ、合唱練習のための音響効果を配慮に入れ特に天井を高くし柱のない構造としてもらった。このような構造の建物を他より取得したり賃借したりすることは、適合する物件の少ないことや合唱練習による近隣への迷惑等の要因もあって極めて困難であり、本件建物を明け渡すことは被告組合の存続にかかわる虞れがある。
2 本件建物の場所は、被告組合の合唱団の日々の仕事に伴う移動や団員の練習のための集合などに最も便利な場所であり、被告組合にとって本件建物は必要性が高いものである。
3 原告も前記の旧木造建物の賃借人の一人であったものであり、訴外会社の同建物明け渡し請求を被告組合と共に拒絶してきたものである。原告は、被告組合が容易に他所に移転できない事情にあることを承知していながら、本件建物を訴外会社から買い受けたものであるのに、被告らの都合を考慮に入れないで一方的に学校経営事業の拡張を意図してるものであって、原告側の事由は正当理由たり得ない。
4 訴外石原建設株式会社は、貸ビル業も営み、本件学校の信濃町校舎のあるビルディングを所有して賃貸しているほか東京都中央区銀座七丁目に地下一階地上八階建のビルディングを新築中でこれも賃貸する予定である。従って、原告が信濃町校舎部分を同会社に明け渡すべき必要はない。
(本件土地の占有権原)
5 被告組合は、訴外会社から旧木造建物を賃借したとき以来本件土地に自動車一台を駐車することを許容されていたものであり、本件建物改築後もそのまま駐車場所として使用することを訴外会社から認められてきた。それ故、被告組合が本件土地の一部を使用する権原は本件建物の賃貸借に付随し包含されている。
(本件賃貸借契約の解除について)
6 原告は、昭和五四年七月三一日その使用人二名をして本件土地の被告組合の駐車場所に三日間にわたり座り込ませ、その後は同場所に机、椅子、ブロックなどを置いて被告組合の自動車の駐車を排除した。
そのため、被告組合は、他に駐車場を賃借せざるを得なくなり、一か月当たり金二万六〇〇〇円の損害を被ってきた。そこで、被告組合は、本件建物の賃料債務と対当額において相殺することを原告に告げて、賃料金二六万二五〇〇円から金二万六〇〇〇円を控除した金二三万六五〇〇円を原告に提供し供託してきた。
7 仮に、右相殺による賃料減額提供が認められないとしても、被告組合の賃料不払い分は賃料の一割弱に過ぎないこと、駐車場所使用の法的権限がなかったとしても二〇年近くにわたって平穏無事に駐車してきた事実があるのに、原告が本件土地及び建物の所有者になるや倍額近い賃料増額請求や突然の実力行使による被告組合の駐車の排除をしてきたことを考慮すると、被告組合の右の程度の賃料の一部不払いがあっても、本件賃貸借契約の信頼関係を破壊したものとまでいえず、信義則上原告の解除は許されない。
(被告会社の本件建物占有権原)
8 被告会社は、被告組合の事務局長兼理事である滝淳が代表取締役を務め被告組合の職員がその仕事を手伝っている会社であるところ、昭和四四年九月一日頃被告組合より特に占有区画を定めることなく本件建物の四階に同居する形で転貸借を受けた。本件建物の前賃貸人である訴外会社は当初より右転貸借を承諾していた。仮に、右承諾が認められないとしても、訴外会社は本件建物に被告会社の看板があるのを知っていながら昭和五〇年に無断転貸による契約解除を主張するまで異議を述べなかったから黙示の承諾をしたものである。また、訴外会社は後に右無断転貸による解除の主張を撤回したから少なくともその時に被告会社に対する転貸借を事後承認したものである。
右事実も認められないとしても被告会社の転貸借の経緯、占有状況などを原告は従前より知っていたものであるから、被告会社に対し承諾なき転貸借であるなどとは主張できない。
(賃料の支払い及び差額賃料分の供託)
9 被告組合は、原告との昭和五八年一〇月一八日付覚書による合意に基づき、同年一一月三〇日以降従前の金額による賃料を供託する手続を省略し原告に直接支払って来た。
また、被告組合は、本件建物の賃料につき適正と思われる範囲で次のとおり増額に応じることとしその旨及び差額賃料分を支払う旨を原告訴訟代理人に通知したところ、昭和六二年八月二四日原告訴訟代理人より受領拒絶の通知を受けたので、同年九月七日右差額賃料の合計金を供託した。
a 昭和五四年四月一日以降昭和五八年三月三一日までの賃料につき従前賃料より月額金二万六二五〇円の増額
b 昭和五八年四月一日以降昭和六二年三月三一日までの賃料につき従前賃料より月額金五万五一三〇円の増額
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1項の事実のうち、被告組合が昭和三六年頃より訴外会社より本件建物の場所にあった木造建物の一部分を賃借していたことは認めるが、その余の事実は知らない。
2 抗弁2項の事実は知らない。
3 抗弁3項の事実は否認する。
4 抗弁4項の事実は知らない。
5 抗弁5項の事実は否認する。
6 抗弁6項の事実は認める。ただし、被告組合の損害は否認する。
7 抗弁7項の事実は否認する。
8 抗弁8項の事実は否認する。
9 抗弁9項の事実は認める。
第三証拠関係《省略》
理由
第一本件建物の明け渡し請求について
一 請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
そこで、本件建物賃貸借契約の解約申し入れについて正当な理由があるか否かについて判断する。
1 請求原因2項(一)の事実は当事者間に争いがない。
同(二)の事実中、原告が経営していた経理簿記学校が「東京C・A・P専門学校」と改称された事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、その余の事実が認められる。
同(三)の事実については、《証拠省略》より認められる。
同(四)の事実中、原告が訴外石原建設株式会社から原告の主張のとおりのビルの一部を賃借し信濃町校舎として使用している事実並びに原告が右石原建設より同賃借部分の明け渡しを求められ、新宿簡易裁判所における調停を経て昭和六二年一〇月一〇日東京地方裁判所において貸室明渡等請求訴訟を提起されている事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、その余の事実が認められる。
同(五)の事実については、《証拠省略》により認められる。
同(六)の事実については、《証拠省略》によると、原告が学校関係者等全体の利便と学校自体の永続を考えて本件建物を基本財産とする学校法人の設立を計画していることが認められるが、被告が本件建物の四階部分を使用していることが右法人化の障害になっていることを認めるに足る確かな証拠はない。
同(七)の事実中、被告組合が講演会や定期演奏会などの興業をしている事実は当事者間に争いがないが、被告組合がそれや著作権使用料収入によって多大な営業収益を揚げていることは認めるに足る証拠はない。《証拠省略》によると作曲家の著作物のマネイジメント等により収益を揚げているのは被告会社であることが認められる。《証拠省略》によると、被告組合が本件建物の賃料を低廉のままに維持することに固執していることが認められる。
同(八)については、原告が正当理由を補完する趣旨で被告組合に対し立ち退き料として金三九七四万円の一・三倍以内の範囲の金員を提供する用意があるとの事実は当裁判所に顕著であるところ、《証拠省略》によると被告組合の本件借家権価格が昭和六〇年一二月三一日時点において金三九七四万円相当であったことが認められる。
2 抗弁1項の事実中、被告組合が昭和三六年頃より訴外会社から本件建物の場所にあった木造建物の一部分を賃借していた事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によると、被告組合は、訴外会社が旧建物を取り壊して本件建物に改築する際これに協力する代わりに本件建物の四階全部を賃借することとし、訴外会社と協議のうえ合唱練習向きの音響効果を配慮に入れ特に天井を高くし柱のない構造として建ててもらったこと、被告組合が本件建物から移転することは、他に合唱練習場所向きの賃貸建物が少ないことや合唱練習による近隣への迷惑が及ぶ虞れも有って貸手が少なく、困難な情況にあることが認められる。しかしながら、被告組合が本件建物を明け渡すことがその存続にかかわってくるほどの深刻な事情になることを認めるに足る証拠はない。
《証拠省略》によると、本件建物が抗弁2項の事由により被告組合にとって最も便利な場所であることが認められる。
《証拠省略》によると、抗弁3項の事実が認められる。
《証拠省略》によると、抗弁4項の事実が認められる。
3 右2及び3項の事実を総合斟酌すると、原告が本件建物を自己の経営する本件学校のために使用する必要性がかなり大きいことが認められるが、被告組合が本件建物を明け渡して移転する場所を確保することが現在時点では困難であり、なかんずく本件建物の借家権価格が地価の著しい高騰により昭和六〇年一二月三一日時点より高騰していることは容易に推定されるところ、原告の提供しようとしている立ち退き料では本件建物賃貸の経緯に照らしても被告組合の移転先確保の一助としてはなお十分とはいえず、被告組合が立ち退きによって被る不利益も原告が本件建物の明け渡しを受けられないことによって被る不利益に較べ相当大きいことが認められる。従って、本件建物賃貸借契約の解約申し入れについては正当な理由が足りないというべきである。
二 次に、本件建物賃貸借契約の解除の効力について判断する。
1 請求原因3項の事実は当事者間に争いがない。
抗弁6項の事実は、被告組合の損害を除いて、当事者間に争いがない。
2 被告組合が本件建物賃貸借に付随して本件土地の一部分を駐車場所として使用する法律上の占有権原を有しこれを侵害されたか否かについて、判断する。《証拠省略》には、抗弁5項に符号する部分がある。しかしながら《証拠省略》によると、訴外会社から旧木造建物を賃借していた被告組合を含む賃借人らは本件土地に勝手に自動車を駐車し、本件建物改築後も同様であったが訴外会社から黙認されていたこと、訴外会社としては当初建物の賃借人が本件土地に駐車することについて便宜上のこととし恩恵的に黙認する意向で処してきたが、被告組合らの駐車が本件建物の他の賃借人の建物利用や本件土地通行に支障がでたりして紛争が起こったりしたため、本件土地内に駐車部分区分けのため賃借人橘内孝三が白線をひいたことがあっても、各人の駐車位置を特定したりして積極的に駐車を認めることはなかったこと、ところが被告組合らが建物賃料の値上げ交渉になかなか応じないことがあったため、訴外会社は本件土地に駐車する賃借人から駐車場料金を徴収し収益を揚げることを考え、昭和五一年一〇月二五日頃被告組合に対し昭和五二年一月から駐車場所契約を締結するよう求めたことがあったが結局取りやめたこと、訴外会社と被告組合との間の賃貸借契約書には本件土地における駐車ことや賃料に駐車場分が含まれることの言及はなにもないことが認められる。《証拠判断省略》
3 そうすると、被告組合が毎月の賃料金二六万二五〇〇円から駐車場料金相当損害金二万六〇〇〇円を控除して供託してきたのは、賃料支払い義務の一部不履行に該当するが、その割合が一割弱にすぎないこと、被告組合が前賃貸人以来長年にわたって本件土地に無償駐車の恩恵を与えられてきたこと、それを原告が賃料値上げ紛争の果てに実力で被告組合の駐車を妨害するに及んできたことなどの事情に鑑みると、右の程度の賃料の一部不払いがあっても、本件紛争終了までに支払われる限り、本件賃貸借契約の信頼関係を破壊したものとまでいえず、信義則上原告の解除は無効というべきである。
三 従って、本件建物の明け渡し請求は理由がない。
第二本件土地の占有権原不存在確認等請求について
一 請求原因6項(一)の事実は当事者間に争いがない。
抗弁5項の事実が認められないことは、前記第一の二の2において判示したとおりである。
二 原告が本件土地を被告組合に駐車場として使用されていた期間中、同土地を他人に駐車場として賃貸する予定であったことあるいは被告組合の駐車によって原告が他に駐車場を賃借せざるを得なかったこと、そのために原告が月額二万五〇〇〇円の損害を被ったことは認めるに足る証拠はない。かえって、《証拠省略》によれば、原告は本件土地を本件学校の生徒らの出入りの安全な通路として確保したいという気持ちでいたもので、それで収益を揚げるつもりではなかったことが認められる。
三 従って、本件土地の占有権原不存在確認請求は理由があるが、使用損害金等請求は理由がない。
第三被告会社に対する本件建物明け渡し等請求について
一 請求原因7項の事実は当事者間に争いがない。
そこで、抗弁8項の主張について判断する。
《証拠省略》によると、被告会社は、被告組合の収益を補助するため作曲家の作曲業務の斡旋等マネイジメントを業として設立された会社であり、被告組合の事務局長兼理事である滝淳が代表取締役を務め、被告組合の職員がその仕事を手伝って給与の半分を被告会社から負担してもらっていること、被告会社は昭和四四年九月一日頃被告組合に同居する形で本件建物の転貸借を受けてきたこと、被告組合は、本件建物改築に同意するときその四階全部を賃借するについて経済的負担を考えて、訴外会社から被告組合の関連者を同居させることについて承諾を得ていたので、被告会社を同居させ本件建物の入り口に被告会社の看板も掲げていたこと、原告も従前より被告会社の同居を知っていたことが認められる。右認定事実によると、被告会社は本件建物の前賃貸人である訴外会社の承諾のもとに被告組合から同居転貸借を認められていたものというべきである。
二 従って、その余の点について判断するまでもなく、被告会社に対する本訴請求は理由がない。
第四増額賃料請求について
一 原告が請求原因4項(一)及び8項(二)のとおり賃料増額請求をしたことは当事者間に争いがない。
二 原告は、本訴提起によって賃料相当損害金として1か月当たり金四三万四七五〇円の金員の支払いを求めているから、昭和五四年三月二六日になした賃料増額請求は、その効力が継続され昭和五六年一一月一日、昭和五八年一月一日及び昭和六〇年一月一日にそれぞれその時点の適正賃料額に増額請求の効果が生じたと主張するが、借家法七条の賃料増額請求は、当事者の請求によって適正な限度で形成的効果を生じさせるものであるから、個々の請求とその各時点における事由によってのみ効果を生じさせるものであって、同条は一回の請求によって事後の請求を予め包括的にしておくことを認めるものではない。従って、右一の両増額請求の効力しか認められない。
三 そこで、昭和五四年四月一日の時点における本件建物の適正賃料額について判断する。
1 《証拠省略》によると、不動産鑑定士黒田静男は本件建物の適正な限定支払賃料が昭和五四年四月一日時点において月額四三万四七五〇円、昭和六〇年一二月三一日時点において月額五一万円であると評価していること、右評価は正常実質賃料と実際実質賃料との差額の折半法(差額配分法)により算出した継続賃料と比準賃料とを中心とし物価スライド法による試算賃料を加味してなされていることが認められる。
2 《証拠省略》によると、不動産鑑定士田坂勇は本件建物の適正な限定支払賃料が昭和五四年四月一日時点において月額三〇万四八〇〇円、昭和六〇年一二月三一日時点において月額三八万四一〇〇円であると評価していること、右評価は比準賃料を正常実質賃料と実際実質賃料との差額の三分の一のみを貸主側に帰属させた差額配分法によっていることが認められる。
3 前述の本件賃貸借契約の経緯及び当事者間双方利益不利益の状況、被告組合の賃料値上げに対する従前の態度から推測される賃料調整の難易、本件建物のような構造の建物が賃貸市場において少ないこと、被告組合のような合唱練習の騒音を出す貸借人が貸手側から敬遠されがちであること、右田坂鑑定が差額配分において殊更に貸主側を不利に配分していること、原告側自身において昭和五六年一一月一日時点以降の適正賃料額を月額三四万五〇〇〇円、昭和六一年三月一日時点以降の適正賃料額を月額四八万円と主張していることなどを総合考慮すると、本件建物の昭和五四年四月一日時点における適正賃料額は月額三二万二五〇〇円と認めるのが相当である。
四 従って、本件建物賃貸借契約の賃料は、右時点以降右認定の賃料額に改定されたことになる。
抗弁9項の事実は当事者間に争いがない。そこで、被告組合は右認定の昭和五四年四月一日改定賃料と供託した賃料との差額及び借家法七条二項所定の年一割の法定利息を支払う義務がある(なお、被告組合の駐車場料金相当損害金控除名目による賃料不足額については右の年一割の法定利息が発生するものではない)。
そうすると、被告組合が原告に対し支払うべき金員は別紙のとおりとなる。
第五まとめ
以上によれば、原告の本訴請求は、本件土地の占有権原不存在確認請求及び別紙の金員請求の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 鬼頭季郎)
<以下省略>